東京高等裁判所 昭和25年(う)1835号 判決 1950年7月28日
控訴人 被告人 宋基洙及び原審弁護人 岡村大
弁護人 岡村大
検察官 中条義英関与
主文
原判決を破棄する。
本件を横浜地方裁判所に差戻す。
理由
弁護人岡村大並に被告人の控訴理由は、末尾添付の各控訴趣意書と題する書面に記載するとおりであるが、記録を調べてみると、原審は昭和二五年三月二八日の公判において現場の検証及びその現場における証人二名の尋問をする旨の証拠決定をし、次いで同年四月四日弁護人岡村大から書面を以て、右検証並に証人尋問には被告人を立会わせられたい旨の申出をしたので、原審は右検証には被告人を立会わせたが、同月六日右証人の中の鈴木瑞也の尋問を同月八日午後一時から横浜市中区山下町四七番地警友病院においてする旨の決定をしたのに、この決定謄本を弁護人岡村大にだけ送達し、被告人にこれを送達した跡なく、又他の方法を以て被告人に右証人尋問の日時及び場所をあらかじめ通知した跡もない。そうして証人鈴木瑞也の尋問調書の記載によればその尋問に弁護人岡村大は立会つたことになつているが、被告人が立会つたと言う事実を看取するに足る資料を見出すことができない。刑訴第一五七条第一項は、被告人又は弁護人は証人の尋問に立会うことができると規定し、被告人又は弁護人のいずれかに立会権を認めてそのいずれかに立会う機会を与えさえすれば右規定の要請を充たすことになるのであるが、本件の如くすでに、あらかじめ被告人を立会わせてもらいたい旨の意思の明示されている場合には弁護人はとにかく、被告人には必ず立会うことのできるような措置を採らなくてはならないと解することこそ、右規定の趣旨を完うする所以である。してみれば原審の右証人鈴木瑞也に対する尋問は違法と言うの外なく、しかもこの違法な尋問を記載した調書を断罪の証拠に供しているのであるから右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。従つて原判決は刑訴第三九七条に則つて、これを破棄しなければならない。そこで被告人の論旨第一の(2) はおのずから理由あるものと言わなくてはならないので、その他の論旨に対する判断を省略し、刑訴第四〇〇条本文に従い主文のように判決する。
(裁判長判事 久礼田益喜 判事 尾後貫莊太郎 判事 三宅多六)
弁護人岡村大控訴趣意書
第一の(一)の(ハ) 証人鈴木瑞也の証言中加藤金二郎の供述部分は伝聞証拠であり法第三百二十条、第三百二十四条第二項、第三百二十一条第一項第三号、憲法第三十一条に違反し証拠能力がないのに之を包含する同証言を無制限的に証拠とした原判決は心証形成に重要な役割を果した点に於て判決に影響を及ぼす事が明らかな訴訟手続の法令違反がある。
被告人宋基洙控訴趣意書
一の2 同第一の(一)の(ハ)に左の通り附け加える。被告人及び弁護人は伝聞証拠を証拠とする事に何等の同意をしていないのである。況んや証人尋問に被告人を立会わせしむべき申請迄してあるのに之を無視して被告人を立会わせしめなかつたもので被告人の反対尋問権の制限であり証言内容に照せば被告人の立会を必要不可欠とする場合であつたので憲法第三十七条第二項の違反である。尚又法第三百二十六条の同意とは同法第三百四十三条の訴訟関係人に異議のない場合と大いに異つて積極的な意思表示を要するものとしているので、異議ないと謂う条件を同意と改めた事は学説の認める処であり又憲法第三十七条第二項に鑑み基本的人権たる証人審問権の具体的拠棄であるのであいまいな点を残さしめない趣旨から当然之を認め得るのである。又右の同意は裁判に対してではなく裁判所に対して為されなければならないので其の判定の時機は第一の(一)の(イ)記載の時機即ち原審第二回公判期日当時を標準として同意の有無を判定しなければならない事に注意すべきである。
(その他の控訴趣意は省略する。)